やっぱり小林武史は天才だった ミスチル『重力と呼吸』の感想

期待しすぎた『重力と呼吸』

音楽プロデューサーの小林武史が抜けた現在のMr.Children。2015年にリリースした『REFLECTION』(リフレクション) は、全23曲のうち6曲が小林武史のアレンジですが、2018年にリリースした『重力と呼吸』は全曲セルフプロデュース。もうこのアルバムから小林武史のプロデュースでないことは誰もが知っています。

アルバムリリース前に解禁された『Your Song』のMV。back numberの『クリスマスソング』を思い出させるような光のコントラストによる描写、桜井和寿を筆頭にクールでどこか懐かしさを感じる4人だけの姿。

先駆けたツアーの発表と沈黙、そしてこのMVの先行公開と、にくいほどうまいプロモーションに発売まで気持ちがソワソワしているさなか、桜井さんの「最高のアルバムが出来ました」というコメント。もう、相当すごいアルバムなんだろうなと新生ミスチルへの期待は最高潮になります。

そして、長期間のプロモーションと『君の腎臓をたべたい』や『隣の家族は青く見える』などの大きなタイアップ曲の収録により、ますます期待します。

しかし、待望のアルバム『重力と呼吸』を聴いた感想は「うーん、イマイチ」。過度に期待しすぎたのでしょうか。

物足りない、普通。

アルバムのリード曲でもある『Your Song』。肝心なイントロにはぐっと心を持っていかれるようなつかみがなく、ただ単調に始まるといった感じ。その流れのまま進むAメロとBメロのおかげで、いつも以上にサビこそは…と期待。ところが、一番盛り上がるべきサビでもあれっ?と少し拍子抜けするような、準備はできているんだけどイマイチ盛り上がらないといった感じ。最終的に、なんだか不完全燃焼といった具合で気持ちが高ぶることもなく終わってしまいます。

『Your Song』『himawari』『海にて心は裸になりたがる』、どれもいい曲なんだけれど、おもしろさに欠けるというか、これまでのミスチルにあったような個性や楽曲ごとの色がなくなってしまったように思えます。ライブを意識しているようなコールレスポンスの演出はさすがです。歌詞や演奏など作品のクオリティも一級品です。しかし、アレンジや構成が物足りないと感じてしまうんです。

全体的にメロディが普通というか単純で、変化球がなくつまらない。ストレートゆえに聴くほどに味が出てくる深みもありません。

「これこそが新しいミスチルなんだ」といえば、そのとおりです。しかし、これまでの曲がまた乗りたいと思うようなスリル満点のジェットコースターだとしたら、新しい曲はほとんど昇降がなく一定のスピードで終わるような子どもと一緒に乗るジェットコースターのよう。けっして自己満足では終わってほしくないものです。

やっぱり小林武史は天才シェフ

『重力と呼吸』の曲はどれも、桜井和寿が生み出した素材をMr.Childrenがおいしく料理できていない気がします。同じメロディでもコードを変えるだけでまったく曲の印象が変わりますし、1拍のなかに複数のコードを織り交ぜることでシンプルなメロディでも奥行きと深みが出ます。言い方を変えれば、いたって普通の曲でも敏腕アレンジャーが編曲すればかっこよく魅力的な曲に仕上がるということです。

小林武史はその点のアンレジ力に優れていた。むしろ、天才的な能力を惜しみなく発揮しミスチルの作品へと反映させていたんだと、この『重力と呼吸』のアルバムを聴いてあらためて思います。そして、リスナーがなにを求めているのかを見極め、それを作品に反映させるトータルプロデュース力にも優れていたのではないでしょうか。

偉大な小林武史とミスチル

小林武史のアレンジ力、そしてプロデューサーとしての実績は、わたしたちが無意識のうちに認めています。たとえば、サザンの名バラード『真夏の果実』、ライブを盛り上げる『太陽は罪な奴』や『みんなのうた』、back numberをメジャーにした『クリスマスソング』は、すべて小林武史の編曲によるもの。どの曲にも共通するのは、初めて聴いたときのインパクトの高さと、ときを重ねるごとに魅力が増していくところ。これが、ただのヒット曲ではなく歴史に名を残す名曲を作ってしまう、小林武史の誰もが認める才能です。

偉大な小林武史の力がなくなったわけだから、従来よりパッとしないのは当然のこと。いやいや、ミスチルの持つ魅力が最大限に発揮され、むしろこれが本来のミスチルサウンドであるということ。

『重力と呼吸』を聴いてわかるのは、おもにこのふたつ。そして、これは完全に好みの問題であり、どちらも正解であるということです。

あのエレピが恋しい

ミスチル=YAMAHA CP-80の歴史に幕を閉じました。これまでのミスチルの曲には、音楽プロデューサーでもありキーボーディストでもある小林武史のピアノが、唯一無二の価値を築いていました。ときにはツアーも一緒にまわるなど表に出すぎるところもありましたが、いまとなってはあれが正解だったと思えます。

新しいミスチルの音は、曲の途中で聴こえるピアノの音色もいたって普通のもの。あえてシンプルにアレンジしているのかもしれませんが、小林武史が奏でるCP-80の音色と独自のセンスで描くサウンドとは比べものになりません。

そもそも、小林武史のプロデュースではないのだから、現在のミスチルに小林武史のサウンドを求めるのはお門違いかもしれません。しかし、思い出してください。『Tomorrow Never Knows』や『Sign』のような脳裏に焼き付くイントロ、『365日』や『彩り』のような美しい高音を描く間奏、小林武史のピアノがあってこそ桜井和寿の曲は輝くという事実を、過去のヒット曲が教えてくれています。

映画『Split The Difference』で新たにアレンジされた『横断歩道を渡る人たち』。小林武史のCPから始まるイントロ、そこに絶妙にかぶさる桜井和寿のブルースハープ。美しくて伸びやかな歌声をけっして邪魔することなく、むしろそれを引き立たせるようなCPの音色にのせて進行する曲。徐々に早く刻まれるビート、JENの奥底に響くドラム、後半からはまったく新しい顔をあらわし、心を持っていかれたまま曲は終わります。このとき心の中では「まだ終わらないで」と誰もが思ったことでしょう。

どんな曲もアレンジ次第です。小林武史のピアノ、全体をまとめる構成力、そもそもの音楽的なセンス、いい意味でひねくれた和音、やっぱり過去のミスチルのほうがわたしには好みです。

再生回数は正直

そういえば『重力と呼吸』はあんまり聴いていないなあ。

これまでのアルバムはCDが擦り切れるほど聴いています。とくに『シフクノオト』や『HOME』など、なぜか聴けば聴くほど奥が深い、味わい深くなっていくんです。何層にも重ねられたティラミスのように、いちいち心地よいコード進行で構成され、そこに小林武史のピアノアレンジが加わる。何回聴いても新しい顔を見せてくれ、聴く楽しみをあたえてくれます。

しかし、最近のミスチルは1回聴けば答えがわかってしまうというか、奥深さがありません。いい意味でストレートなのかもしれません。それが、ミスチルが新たに歩むロックのかたちなのかもしれません。しかし、曲にひねりがなくサプライズもなければ、たとえ王道であっても普通のバンドのように聴こえてしまいます。

わたしは、ただ単に小林武史とそのピアノが好きなだけなのかもしれません。かといってミスチルと桜井さんが嫌いなわけではありません。むしろ、小林さんより桜井さんのほうが人間的にも惹かれますし、いまでもミスチルは大好きです。しかし、アイドルではないので、いくら桜井さんがカッコよくても曲に惹かれなければ好んで聴くことはなくなります。

『重力と呼吸』を聴いた感想は、やっぱりミスチルには小林武史が必要です。